子宮頚がん円錐切除術後

2020/8/5腰椎麻酔により15時30分オペ室に歩いて向かった。

腰椎麻酔は手術台の上で行われまる虫のように丸くなる格好で腰椎麻酔を受ける。

全身麻酔と違って声も全て聞こえるし一部始終医師や、看護師の会話も聞くことができる。緊張もしたが、オペ室ナースの細やかな配慮の効いた声かけが安心感へと繋がった。

腰椎麻酔は、下半身が徐々にだる重く冷たさも痛みも感じなくなっていく。

まず私の場合左脚から麻酔が効いてきて冷たさも痛みもわからなくなったが、右脚は、なかなか麻酔が効かなかったので少し不安になった。この状態で手術は嫌だなと思っていたら右側に麻酔がきくように手術台の向きを変え体幹が右側を下に向け時間が過ぎた。

手術の時眠気がくると思っていたが全く眠くなく夜更かしは意味がなかった。目が冴えて緊張していた。

主治医達からは、元気がないなと言われたが返答することができなかった。

ようやく麻酔も右側にも効いてきて手術が始まった。煙や焼く匂いがこちらにも伝わってきた。焼く匂いは、あまりいい匂いではない為気を遣ってしまった。早く終わるといいなあと思いながら砕石位状態のあらわな格好で時間が過ぎた。

心の中で今回の円錐切除後の病理検査結果のことばかりを考えてしまっていた。

この手術で終えたら嬉しいけどもっと子宮やリンパまでガン細胞が及んでいたらどうしようかと最悪のことまで考える自分がいた。

また仕事を休まねばいけないなとか、ステージⅣくらいまでの細胞があったらその時はその時かなと思ったりぼーっと考えていた。

息子達や、お世話になった前の職場みんなの応援を得て滋賀県に転職したが本当にこれで良かったのか、改めてまた考えている自分がいた。

親に健康が1番なんやと言われていたが、その意味がようやくわかってきた気がした。

手術も無事終わり焼肉のミノみたいな切除部分を見せてもらいあーほんとに終わったんだなと再確認できた。

病室に戻っても麻酔は今度はなかなか抜けず気持ち悪かった。

両足の痺れは、3時間くらい残り頭もダル重かった。

バルーンも入ったままであったが、トイレに行けるようにと0時前くらいに歩行練習兼ねて病棟を歩いた。雲の上を歩いているようなフワフワ感がありまだ転倒の危険性が自分ではあると感じた。ふらつきもあった。

看護師さんが夜勤大変なことは、自分でもわかっているためより一層気を遣ってしまいつい大丈夫と伝えてしまう自分がいた。

バルーンも抜き後は点滴のみ。睡魔がある中で点滴を抜きに来てくれた。

気づけば朝になっていた。頭痛は続いていたが脚の痺れはおさまっていた。

水分を摂らねばと思い自動販売機に向かった。歩けたのが嬉しかったが首が硬直した感じと頭痛と吐き気があり急にしんどくなった。

術後次の日の退院はきついが自分でも頑張らねばとつい思ってしまう昭和人間の自分はバカだなあと感じた。

しんどい時はしんどいと声に出して言わないといけないなと反省した。

退院時間までに良くならねばと思いながら少し休ませてもらい時間に間に合うように準備してタクシーに乗った。

タクシーの中でもやはりしんどくなり横にならせてもらった。

もったいないから電車で乗り継いで帰ろうかと思ったがタクシーで正解だった。

冷や汗をかきながらタクシーに乗っていた。

水分とって体から麻酔薬を流さないといつまでもしんどいと思い無理して飲んだ。

出前を取ろうかとも思ったがあるものでいいかとミキサーで人参とリンゴと凍らせたバナナとパセリと豆乳でスムージーを作り植えてたプチトマトを頬張った。

いただいたきゅうりをさんまさんの宣伝している酢をつけながら丸かじりした^_^

麻酔には、カフェイン取るといいとも聞いたのでコーヒーも飲み少し頭痛も治まってきた。

8/18火曜に病理検査結果が出る。

それまで不安も残るが最悪の状態も考えておく必要もあるのかなと思うが今はとりあえず寝ようと昼寝した。

良い方向にいくといいなと願うばかりだ。

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